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下妻撮影前夜

 
2015年10月25日、映画下妻物語聖地巡礼撮影の朝にカメラマンとスタイリストとデザイナーに送りつけた文章を修正したものです
 

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小学三年生9さいになった初夏、人生開始。ある朝、ズームインにて下妻物語という映画が紹介された。ロリータファッションの深田恭子と特攻服のヤンキー土屋アンナの友情物語。ロリータ、という言葉自体知らなかったけれども一目見ただけで「これはぼくが見に行かないといけないものだ」ということがわかった。それまで映画といえばポケモンの映画(ポケモンは全然知らない)や踊る大捜査線(レインボーブリッジ封鎖できない)くらいしか見たことなかったし、自分の意思で映画を見たいと思ったことはなかった。「下妻物語っていうのが見たい」と母親にしつこく言い続けて一週間くらい経った頃だっただろうか、小学校から帰った平日の夜、母親は岡山駅の近くの映画館にぼくを連れて行ってくれた。芸術を前にドキドキしたのも、初めてだった。映画が始まると、ああ、まさかこれはきっと僕が求めていた僕の知らない最高の世界。こんなに楽しくてかわいくて面白いものが、あったんだ。深キョン深キョン!ヤクザが小指切るシーンで母親は僕の目を押さえたけれど、指の隙間から全て見えていたよ。上映後パンフレットを買ってもらって、その日のうちに隅から隅まで読んだ。胸のドキドキはずーっと、ずっとずっとずっと収まらなかった。

 
それから毎日、下妻物語のホームページを見た。嶽本野ばらさんの原作を読んで、漫画版を読んだ。この世界を作った人のことをもっと知りたくて。大好きなインターネットは、出演者のこと、監督のこと、野ばらちゃんのこと、BABY,THE STARS SHINE BRIGHTのお洋服のことをなんでも教えてくれた。気がつけば、僕は放課後 毎日PCに向かってBABYのフリフリのお洋服とそれを着た女の子の絵を描く暮らしをスタートさせていた。オシャレには大して興味がなかった、ファッションのことはわからない、ただロリータのお洋服が好きで好きで仕方なかった。このときめきは何年も続いて、結局 今だって。
 
ロリータの世界の美しさを1から10まで教えてくれたのは嶽本野ばら先生、今思えば彼が男性であるということは当時の自分にとって救いであったのかもしれない。未就学児時代 戦いとカブトムシと新幹線には興味がなくプレゼントにはシルバニアファミリーを頼んだし、小学生時代は二重跳びも逆上がりもドッジボールも「やる必要がない」と思って学校の図書館でわざわざ県立図書館で借りた野ばらちゃんの本を読んだ。可愛いものが好きな男の子は、僕だけじゃないのだ!だけどあの頃 フリルレースリボンは自分の服ではないと思っていたし、着てはいけないんだと当たり前のように思ってもいた。
 

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時は流れてセブンティーン、高校の学園祭でクラスで下妻物語の劇をすることになった、というか、させた。脚本(30分くらいしないといけなかった)、演出、総監督、磯部様役が僕。自分の中で最も大切な作品を再現するのだから、気合が違った。準備は自分だけが必死で大変だったけれど、この物語が僕を救ってくれるのでした。楽しかった。高校時代一番の思い出。自分がやりたいことに人を付き合わせるというのを僕はこうしてずっとやってる。?
 
桃子が、下妻物語が私に教えてくれたことは、なに。ロリータの可愛さか、あるいはロココの愉しみか。いいえ何よりも、自分の流儀を持って生きることの美しさでしょう。桃子の孤独に生きる意志が、私の今までとこれからを照らし続けてくれるのです。たとえそれがときに強がりであっても、自分の道をゆくことの、美しさ。信念貫くハロプロ魂か。
 

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上京後 ロリータを自分も着られるという事実を発見。私もあの世界に入ってもいいんだ。似合ってる、かわいい、うれしい、うれしい、今だ、行かなくちゃだ。
 
今帰らないといけない場所、下妻で 懐かしくって新しいゆっきゅんと出会いましょう。心の中の桃子とイチゴに会いに行きましょう。愛を込めて。♥️

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