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自分

ゆっきゅんオフィシャルブログだよ

浜崎あゆみの孤独と絶望

(2015年夏に大学の学科の会報に何書いてもいいからって言われて書いたんだけどかなり穴があるし足りないし孤独孤独ってほかに言い方ないのかって感じなので字数制限のない場所で丁寧に書き直したい今書くならセルフストーリーという視座がもっと出ると思う)

 

 

 浜崎あゆみといえば日本のゼロ年代を代表する歌姫である。1998年にデビュー、その美しさと楽曲によりまもなくブレイクし、「ayu」として当時のギャルたちにとってのカリスマ的存在となった。活動から17周年を迎えた今も意欲的な活動を続けている。浜崎あゆみの魅力はひとえに歌詞にあると私は考える。彼女は一部のコラボレーション楽曲を除いたすべての楽曲の作詞を担当しているが、その歌詞に共通するのは自身の孤独であり、悲劇のヒロイン気質の自己愛に基づいた自己嫌悪である。絶対に自分が人生の主人公であるという前提で、自身の孤独、絶望、不安、罪深さを歌っている。夢物語を歌わないayuの孤独を、キーとなる楽曲の歌詞から分析していきたい。

 

1.A Song for XXという宣言

 1999年にリリースされた1stアルバム『A Song for XX』の表題曲である「A Song for XX」は、浜崎あゆみの歌詞の世界観を決定づける楽曲であるといえる。この楽曲は母親に向けられた歌であり、幼いころから抱いてきた孤独を振り返る内容になっている。「どうして泣いているの どうして迷ってるの どうして立ち止まるの ねえ教えて」というのが冒頭だ。この詞が示しているのは、とめどなく溢れ出す疑問に答えを持ってきてくれる者はどこにもいなかったということだ。続く「居場所がなかった 見つからなかった」というあまりにストレートで悲痛な少女の叫びは私たちの心に突き刺さる。ラストは「一人きりで生まれて 一人きりで生きてゆく きっとそんな毎日が当たり前と思ってた」と締めくくられる。この楽曲は全体において歌詞が過去形で書かれているのもポイントだ。「居場所がなかった」と今までの孤独な日々を振り返り、その苦しみを詞にすることで居場所がなかった自分を過去のものとみなし、音楽という居場所を見つけかけている自分に希望を見出したかったのではないかと考えられる。しかし居場所を見つけたかのように見えた浜崎だったが、今なおライブではほぼ毎回この歌を歌い続け、孤独を叫んでいるのだった。

 

2.絶望の季節、SEASONS

 2000年の年間オリコンチャート5位を記録し、ミリオンセラーを記録したのが浜崎の代表曲である「SEASONS」だ。ミリオンヒットするJ-POPといえば、愛や夢、希望を歌うものが連想されるだろう。しかし人気絶頂だった浜崎が「SEASONS」で歌ったのは“絶望”ただそれだけであった。この曲がヒットしたなんて、2000年の日本人は何に絶望したのかと心配になるほどだ。

1番のサビは「今日がとても楽しいと明日もきっと楽しくてそんな日々が続いてく そんな日々が続いてく そう思っていたあの頃」であり、2番のサビは「今日がとても悲しくて明日もしも泣いていてもそんな日々もあったねと笑える日が来るだろう」となっている。2番で訪れる少しの希望は“いつか楽しい日が来る”ということではなく、“いつかこの悲しみも笑える日が来るだろう”という希望である。現在進行形の日々に幸せを求めることを諦めた歌なのだ。絶望の果てに残ったのは自分自身だけであり、彼女は孤独に立ち返ることとなるのだった。

 

3.終わらない孤独の秘密、Secret

 ヒット曲ではないが、2006年にリリースされたアルバム曲に「Secret」という楽曲がある。これは浜崎の孤独を考えるにあたって重要な楽曲だ。「A Song for XX」のアンサーソングともいえるかもしれない。「A Song for XX」という直球孤独ソングを発表した以後、彼女はラブソングとみせかけてただ自分の孤独を歌ったり、アッパーな楽曲に笑顔で孤独を忍ばせたりすることが多かった。しかしここでもう一度、自分の孤独と正面から向き合った楽曲を発表することとなった。まず「すれ違う少女たち まぶしくて目を逸らした」と始まる。あれほどに輝かしい栄光を手にしても、浜崎の自己嫌悪は止まらなかった。そして「今もここで私は変わらず居場所をずっと探しています」とサビで歌うのだ。これは「A Song for XX」で「居場所がなかった」と歌ったあの頃と結局何も変わらなかったということ。そして2015年のライブでもこの歌は涙を流しながら歌われている。自分の居場所を探し続けているということは、自分の孤独と向き合い続けているということなのだ。心の居場所だけではなく、アメリカと日本を行き来している生活からも、その居場所のなさは大いに伺える。浜崎の孤独は、どこまでも続いていくのだった。

 

 このように浜崎あゆみの心にあるのはきらびやかな夢ではなく、暑い夏ではなく、現実であり孤独であり絶望なのだ。今回はキーとなる3曲のみを取り上げたが、浜崎の楽曲は多彩に見えてどれも孤独を歌ったものばかりである。「Dearest」も「M」もそうだ。表現されるものが孤独であろうと、孤独と無関係に見えるものであろうと、創作の源は孤独にある。孤独と向きあわない表現者なんてちっとも輝いてはいないのだ。あゆ、どうか幸せになってください。